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横浜DeNAベイスターズの2019年の監督やコーチ陣の経歴や実績まとめ!

横浜DENAベイスターズの2019年度の首脳陣(監督・コーチ)の現役時代の経歴や実績をまとめました!

アレックスラミレス監督の経歴や実績(背番号80)

・登録名:アレックス・ラミレス
・本名:Alexander Ramón Ramírez Quiñónez(アレキサンダー・ラモン・ラミレス・キニョーネス)
・生年月日:1974年10月3日 年齢44歳(※2019年5月時点)
・出身: ベネズエラ 首都地区ミランダ州カラカス
・身長: 180 cm
・体重: 100 kg
・プロ入り前の活動:5歳で野球を始め、8歳で地元リトルリーグの監督にスカウトされチームに所属。15歳になると本格的に野球選手を目指すためサンアントニオデパウラ高校を退学。当時は主に投手を務めていた。
・選手時代の所属チーム
MLB
クリーブランド・インディアンス (1998 – 2000),ピッツバーグ・パイレーツ (2000)
プロ野球
東京ヤクルトスワローズ (2001 – 2007),読売ジャイアンツ (2008 – 2011),横浜DeNAベイスターズ (2012 – 2013),群馬ダイヤモンドペガサス (2014)
通算成績(プロ野球)
ポジション:左翼手
活動:13年
通算打率:.301
本塁打数:380本
打点:1272
盗塁:20
守備率:.977
タイトル・記録
首位打者:1回 (2009年)
本塁打王:2回 (2003年、2010年)
打点王:4回 (2003年、2007年、2008年、2010年)
最多安打:3回 (2003年、2007年、2009年)
最優秀選手:2回 (2008年、2009年)
ベストナイン:4回 (外野手部門:2003年、2007年、2008年、2009年)
月間MVP:9回 (野手部門:2003年4月、2004年9月、2007年7月 – 9月、2008年5月、2009年8月、2010年5月、2012年7月)
優秀JCB・MEP賞:1回 (2007年)
オールスターゲームMVP:1回 (2007年 第1戦)
オールスターゲーム・ベストバッター賞:1回 (2009年 第1戦)
セ・リーグクライマックスシリーズMVP:1回 (2008年)
日本シリーズ敢闘選手賞:1回 (2008年)
東京ドームMVP:1回 (2010年)
連盟特別賞:1回 (2010年) ※8年連続100打点のNPB新記録
セ・リーグ会長特別賞:1回 (2007年)
ベスト・ファーザー イエローリボン賞 in 「プロ野球部門」 (2009年)

ラミちゃんの愛称で知られ、現役時代は”ゲッツ”や”アイーン”などの芸人のネタを取り入れたパフォーマンスが大変好評な、大人気選手でした!(残念ながら、監督になってからは、立場をわきまえてということで、パフォーマンスを封印されています)

DeNA選手時代の2013年に日本球界通算2000本安打を達成し、外国人枠適用経験選手では史上初の名球会への入会を果たしています。

また、王貞治選手の7年連続を更新した、8年連続100打点超えを達成など、一番長く活躍した助っ人外国人選手と言えるでしょう!

青山道雄ヘッドコーチの経歴や実績(背番号83)

・名前:青山 道雄 (あおやま みちお)
・生年月日:1959年12月17日 年齢59歳(※2019年5月時点)
・出身: 静岡県静岡市
・身長: 180 cm
・体重: 78 kg
・学校-会社:東海大学工業高等学校-東海大学-プリンスホテル
・選手時代の所属チーム:西武ライオンズ (1984 – 1989),横浜大洋ホエールズ (1990 – 1992)
プロ野球通算成績
ポジション:外野手
活動:6年
通算打率:.154
本塁打数:3本
打点:15
盗塁:3
タイトル・記録
特になし

青山道雄ヘッドコーチは6年の1軍生活で、140試合の出場。

通算打率も.154と目立った成績を残せていません。

ただ、1992年の現役引退後、1993年から横浜ベイスターズのコーチに就任するなど、下記のようにコーチとしてのキャリアはすでに15年目を迎えるなど、現役を上回る活動を続けています。

コーチ歴
横浜ベイスターズ (1993 – 2008)
千葉ロッテマリーンズ (2010 – 2015)
横浜DeNAベイスターズ (2016 – )

他にも、青山道雄ヘッドコーチは2015年に、「侍ジャパン大学日本代表 対 NPB選抜」でNPB選抜監督を務めるなど注目を浴びる舞台での監督経験もあります。

2019年から、ヘッドコーチを務めますので、ラミレス監督を支えることが期待されます!

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三浦大輔投手コーチの経歴や実績(背番号18)

名前:三浦 大輔(みうら だいすけ)
生年月日:1973年12月25日 年齢45歳(※2019年5月時点)
出身: 奈良県橿原市
身長: 183 cm
体重: 88 kg
血液型:B型
学校:大和高田市立高田商業高等学校
選手時代の所属チーム:横浜大洋ホエールズ,横浜ベイスターズ,横浜DeNAベイスターズ (1992 – 2016)
通算成績
活動:25年
防御率:3.60
勝ち数:172勝
負け数:184敗
完投、完封:78、23
タイトル・記録
最高勝率:1回 (1997年)
最優秀防御率:1回 (2005年)
最多奪三振:1回 (2005年)月間MVP:4回 (投手部門:2000年8月、2005年8月、2007年7月、2014年8月)
優秀JCB・MEP賞:1回 (2005年)
ゴールデンスピリット賞 (2007年)
スピードアップ賞:2回(2009年、2014年)
「ジョージア魂」賞:1回 (2014年度第8回)
オールスターゲーム優秀選手賞:2回 (2002年第1戦、2006年第1戦)
オールスターゲームベストピッチャー賞:1回 (2009年第1戦)
オールスターゲームSANYO賞:1回 (2006年第1戦)
セ・リーグ連盟特別表彰(功労賞:2016年)
ベスト・プラウド・ファーザー賞 in「プロ野球部門」 (2013年)
横浜文化賞(2017年)

三浦大輔投手コーチは、横浜一筋で25年活躍し続けた、大人気選手です。

特徴的なリーゼント姿から、”ハマの番長”の愛称で親しまれました。

通算成績だけ見ると、172勝184敗と負け越しているんですが、万年Bクラスと揶揄された2000年代の横浜ベイスターズにおいて、スター選手が次々とFA移籍していく中、横浜ベイスターズ一筋25年間投げ続けた三浦大輔投手コーチは、正にチームの顔と言える選手でした!

”ハマの番長”ブログを執筆するなど、ファンを大切にする三浦大輔投手コーチですから、コーチ就任後もファンから愛されるコーチになるのではないでしょうか!

木塚敦志投手コーチの経歴や実績(背番号73)

名前:木塚 敦志(きづか あつし)
生年月日:1977年7月19日 41歳(※2019年5月時点)
出身:埼玉県浦和市(現:さいたま市南区)
身長:182 cm
体重:86 kg
出身校:浦和学院高等学校-明治大学
選手時代の所属チーム:横浜ベイスターズ (2000 – 2010)
通算成績
活動:11年
防御率:3.35
勝ち数:35勝
負け数:25敗
完投、完封:0、0

タイトル・記録
最優秀中継ぎ投手:1回 (2001年)
月間MVP:1回 (2001年7月)
JA全農Go・Go賞:1回 (救援賞:2001年7月)

木塚敦志投手コーチの1軍デビューは、2000年3月31日の対阪神タイガース戦でした。

1998年に日本一に輝いた横浜ベイスターズでしたが、1999年オフに主力の一人、大魔神佐々木主浩投手がMLBのシアトルマリナーズに移籍したことと、代理として期待された投手たちが結果を残せなかったことで、木塚敦志投手コーチは新人ながら守護人として抜擢されました!(結果的は7勝3敗18セーブ、防御率2.89の好成績)

その後も引退まで全て救援投手として活躍した木塚敦志投手コーチは、2005年に防御率2.44を記録。木塚敦志投手コーチと川村丈夫、加藤武治、マーク・クルーンの中継ぎ投手4本柱は、4人合計で215試合・防御率2.74の好成績を記録し「クアトロK」と名付けられるなど活躍しました。

順調に活躍してきた木塚敦志投手コーチですが、2006年に二段モーション禁止の影響により思うような投球ができず、防御率も前年度より悪化しました。

その後も思うような投球ができず、2010年に現役を引退しております。

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田代富雄チーフ打撃コーチの経歴や実績(背番号76)

名前:田代 富雄(たしろ とみお)
生年月日:1954年7月9日 64歳(※2019年5月時点)
出身:神奈川県小田原市
身長:185 cm
体重:88 kg
出身校:藤沢商業高等学校
選手時代の所属チーム:大洋ホエールズ,横浜大洋ホエールズ (1973 – 1991)
通算成績
ポジション:三塁手、一塁手
活動:16年
通算打率:.266
本塁打数:278本
打点:867
盗塁:29
タイトル・記録
月間MVP:2回(1977年4月、1980年5月)
5試合連続本塁打(1977年4月5日 – 4月10日)
最多連続試合併殺打:5 (1979年10月21日 – 10月25日)※日本記録・セ・リーグ記録
オールスターゲーム出場:1回 (1977年)

田代富雄チーフ打撃コーチは、横浜一筋で16年活躍した選手でした。(名称は大洋ホエールズ時代もありますが)

通算278本塁打、867打点と主砲として活躍しておりますが、あだ名で「人間扇風機」呼ばれており、打率は低く、3度のシーズン最多三振を喫するなど三振の多い打者(通算1081三振)でもありました。

コーチの経歴では、横浜ベイスターズの2軍監督も務めたことがあるばかりか、2009年5月18日、横浜ベイスターズの監督である大矢明彦の無期限休養に伴い1軍の暫定監督も経験しております。

更に、韓国のプロ野球チームも含め、1997年からコーチ・監督を務め続けている田代富雄チーフ打撃コーチ

豊富な経験を基にした、指導が期待されます!

坪井智哉打撃コーチの経歴や実績(背番号77)

・名前:坪井 智哉(つぼい ともちか)
・生年月日:1974年2月19日 年齢45歳(※2019年5月時点)
・出身: 東京都江東区
・身長: 177cm
・体重: 79kg
・学校-社会人:PL学園高等学校-青山学院大学-東芝
・選手時代の所属チーム:
プロ野球
阪神タイガース (1998 – 2002),北海道日本ハムファイターズ (2003 – 2010),オリックス・バファローズ (2011)
アメリカ独立リーグ
サンラファエル・パシフィックス (2012),ゲーリー・サウスショア・レイルキャッツ(2012),エディンバーグ・ロードランナーズ (2013),ランカスター・バーンストーマーズ (2014)
プロ野球での通算成績
ポジション:外野手
活動:14年
通算打率:.292
本塁打数:32本
打点:265
盗塁:50
タイトル・記録
セントラル・リーグ会長特別表彰 (1998年)
JA全農Go・Go賞:1回 (最多二・三塁打賞:1998年8月)
オールスターゲーム優秀選手賞:1回 (2000年第2戦)
サンスポMVP大賞:1回 (1998年)
セ・リーグ歴代新人最高打率.327:1998年達成
外野手最多補殺:1回 (1999年:11)
オールスターゲーム出場:2回 (2000年、2003年)

新人としてプロ野球初の3割超えを果たすなど、華々しいデビューを飾った坪井智哉打撃コーチ。

ケガの影響もあり晩年は戦力外通告を2度味わうことになりますが、2010年10月に日本ハムファイターズから2度目の戦力外通告を言われた坪井智哉打撃コーチは、同時に2軍打撃コーチ就任を要請されました。

しかし、坪井智哉打撃コーチは残り26本に迫ったプロ入り通算1000本安打を達成したいことと、坐骨神経痛や肉離れなどの今まで苦しんできた怪我が治ったからにはまだ現役でやれるという本人の強い希望から、契約解除となりました。

翌年は、オリックスに入団しますが、2軍生活が続き、1軍での試合出場はわずか3試合だけでした。

その後は、アメリカ独立リーグで現役を続行した坪井智哉打撃コーチ。

選手としての苦楽を知り、アメリカ独立リーグという、日本人にはあまり馴染みのない場所でプレーした経歴から、深い知見に基づいた指導ができるのではないでしょうか?

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永池恭男内野守備走塁コーチの経歴や実績(背番号88)

名前:永池 恭男(ながいけ やすお)
生年月日:1973年10月5日 年齢45歳(※2019年5月時点)
出身: 福岡県春日市
身長: 177cm
体重: 82kg
出身校:福岡工業大学附属高等学校
選手時代の所属チーム:横浜ベイスターズ (1992 – 1997),読売ジャイアンツ (1998 – 2002),大阪近鉄バファローズ (2003 – 2004),東北楽天ゴールデンイーグルス (2005 – 2006)
通算成績
ポジション:内野手
活動:12年
通算打率:.217
本塁打数:3本
打点:27
盗塁:2
タイトル・記録
特になし

永池恭男内野守備走塁コーチは、12年間の1軍生活で349試合の出場に留まるなど、シーズン通してスタメン出場したことはなく、目立った活躍はできていません。

しかし、選手らからは良い兄貴分的存在、首脳陣からは上手い指導が大変評価され、2015年に一軍内野守備走塁コーチとなり現場復帰。

2018年からは一軍内野守備コーチとして昇格し慕われています。

ハンサムな顔立ちのお陰もあり、コーチになった今でも根強いファンが多いそうです。

上田佳範外野守備走塁コーチの経歴や実績(背番号75)

名前:上田 佳範(うえだ よしのり)
生年月日:1973年11月18日 年齢45歳(※2019年5月時点)
出身: 長野県松本市
身長: 188cm
体重: 86kg
出身校:松商学園高等学校
選手時代の所属チーム:北海道日本ハムファイターズ (1992 – 2005),中日ドラゴンズ (2006 – 2008)
通算成績
ポジション:外野手
活動:14年
通算打率:.236
本塁打数:37本
打点:192
盗塁:36
タイトル・記録
特になし

高校時代に出場した選抜大会では1回戦で愛工大名電(愛知)の鈴木一朗(イチロー、現マリナーズ)との投手戦を制すなど、35イニング連続無失点の快投で準優勝に導いています。

プロ入り後は走攻守3拍子揃った選手と評価され、日本ハムで外野手へ転向してからは、スタメン以外にも代打・代走・守備固めなどで幅広く重用されました。

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鶴岡一成バッテリーコーチの経歴や実績(背番号74)

名前:鶴岡 一成(つるおか かずなり)
生年月日:1977年5月30日 41歳(※2019年4月時点)
出身: 兵庫県高砂市
身長:184 cm
体重:85 kg
学校:神港学園神港高等学校
選手時代の所属チーム:横浜ベイスターズ (1996 – 2008),読売ジャイアンツ (2008 – 2011),横浜DeNAベイスターズ (2012 – 2013),阪神タイガース (2014 – 2016)
通算成績
ポジション:捕手
活動:16年
通算打率:.235
本塁打数:18本
打点:140打点
盗塁:3本
守備率:.995
盗刺殺:105(阻止率.282)
タイトル・記録
特になし

鶴岡一成バッテリーコーチの選手時代の特徴は、打撃面では、下位の打順で起用されることが多かったですが、パンチ力のある打撃が評価されていました。

守備では若手投手を巧みにリードするインサイドワークに定評があり、投手を鼓舞して引っ張っていく強気なリードを持ち味としております。

阪神移籍後の2014年から現役最終年の2016年までは、エースの藤浪選手が先発する一軍公式戦のうち、通算33試合で捕手としてスタメンに起用されました。

この期間に阪神へ在籍した捕手では、最も多く藤浪とバッテリーを組んでおり、バッテリーを組んだ一軍公式戦では、通算で19勝6敗(勝率.760)という好成績を残しています。

現在、成績が下降気味の藤浪投手にとって、鶴岡一成バッテリーコーチの存在が必要なのかもしれません。

藤田和男バッテリーコーチ(ブルペン担当)の経歴や実績(背番号89)

名前:藤田 和男(ふじた かずお)
生年月日:1980年1月18日 39歳(※2019年5月時点)
出身:愛媛県
身長:171 cm
体重:74 kg
学校-社会人:愛媛県立今治西高等学校-同志社大学-日本生命
選手時代の所属チーム:プロ野球選手経験無し
通算成績 プロ野球選手経験無し
ポジション:-
活動:-
防御率:-
勝ち数:-
負け数:-
完投、完封:-
タイトル・記録

藤田和男バッテリーコーチは四国の名門、今治西高校から同志社大学を経て日本生命硬式野球部で9年間プレーしていますが、プロ野球でのプレーはありません。

2012年からは、横浜DeNAベイスターズでブルペン捕手として契約し、打撃投手も務めるなど3年間裏方でチームを支えました。

2015年から横浜DeNAベイスターズの二軍バッテリーコーチ補佐兼育成担当に就任することが発表されていますので、藤田和男バッテリーコーチはプロでの活動が無いながら、指導力や選手から信頼を得たものだと思われます!

というわけで、2019年の横浜Denaベイスターズの首脳陣は以上になります。

日本シリーズ出場の2017年、Bクラスに転落した2018年から、2019年は再びAクラスに駆け上がることができるのか注目です!

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