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埼玉西武ライオンズの2020年の監督やコーチ陣の経歴や実績まとめ!

ライオンズ

埼玉西武ライオンズの2020年度の首脳陣(監督・コーチ)の現役時代の経歴や実績をまとめました!

辻発彦監督の経歴や実績(背番号85)

  • 名前:辻 発彦(つじ はつひこ)
  • 生年月日:1958年10月24日 年齢61歳(※2019年11月時点)
  • 出身:佐賀県小城市
  • 身長: 182 cm
  • 体重: 78 kg
  • 出身校-社会人:佐賀県立佐賀東高等学校-日本通運
  • 選手時代の所属チーム:西武ライオンズ (1984 – 1995),ヤクルトスワローズ (1996 – 1999)

通算成績(プロ野球)

  • ポジション:二塁手
  • 活動:16年
  • 通算打率:.282
  • 本塁打数:56本
  • 打点:510
  • 盗塁:242

タイトル・記録

  • 首位打者:1回 (1993年)
  • 最高出塁率:1回 (1993年)
  • ベストナイン:5回 (二塁手部門:1986年、1989年、1991年 – 1993年)
  • ゴールデングラブ賞:8回 (二塁手部門:1986年、1988年 – 1994年)
  • 月間MVP:1回 (野手部門:1993年8月)
  • 日本シリーズ優秀選手賞:2回 (1990年、1994年)

辻発彦監督は、首位打者のタイトル、ゴールデングラブ賞8回の獲得

そして、タイトルこそ獲得していませんが、通算盗塁数242(プロ野球歴代49位)という数字が表す通り、走攻守全てが揃った優秀な選手でした!

1980年代後半から1990年代前半の西武ライオンズ黄金時代において、辻発彦監督は石毛石毛宏典選手とともに鉄壁のディフェンスを支えた象徴的選手でもあります。

選手引退後は、下記のようにコーチ、監督の経験を積み、2017年より埼玉西武ライオンズの監督に就任しております。

  • ヤクルトスワローズ(コーチ ’00~’01)
  • 横浜ベイスターズ(コーチ ’02~’04)
  • 中日ドラゴンズ(二軍監督 ’07~’09、コーチ ’10~’11、’14~’16)

就任2年目の2018年は、見事埼玉西武ライオンズを10年ぶりのリーグ優勝に導きました!

残念ながらクライマックスシリーズで、リーグ2位のソフトバンクに敗れてしまいましたが、2019年度はリーグ連覇及び、日本シリーズへの出場が期待されます!

馬場敏史作戦兼守備・走塁コーチの経歴や実績(背番号83)

・名前:馬場 敏史(ばば としふみ)
・生年月日:1965年2月10日 年齢54歳(※2019年10月時点)
・出身: 福岡県三潴郡大木町
・身長: 173 cm
・体重: 77kg
・出身校-社会人:柳川高等学校-新日本製鐵堺
・選手時代の所属チーム:福岡ダイエーホークス (1990 – 1993),オリックス・ブルーウェーブ (1994 – 1997),ヤクルトスワローズ (1997 – 2000)
プロ野球通算成績
ポジション:三塁手、二塁手
活動:10年
通算打率:.242
本塁打数:12本
打点:119
盗塁:8
タイトル・記録
ゴールデングラブ賞:2回 (三塁手部門:1995年、1996年)

馬場敏史コーチは守備にとても定評のある選手でした。

1990年代には、当時ヤクルトスワローズの監督を務めていた野村克也監督が、サードの守備について「あそこに飛んだら地獄」と評価し獲得に動いたほどです!(実際に1997年にヤクルトスワローズに移籍)

また、コーチとしてのキャリアも下記のように多く積んでおります。

オリックスバファローズ(コーチ ’01~’03)
ヤクルトスワローズ(コーチ ’04~’08)
オリックスバファローズ(コーチ ’09)
横浜DeNAベイスターズ(コーチ ’10~’15)
ハンファ・イーグルス(コーチ ’16)※韓国のプロ野球チーム

2017年からは、西武ライオンズのコーチに就任しましたが、理由の一つに現役時代ヤクルトスワローズのチームメイトだった辻発彦監督と仲が良いことがあるようです。

もちろん、コーチとしての実力にも定評があり、特に現役時代得意だった守備の指導力が優れているそうです。

馬場敏史コーチ就任前の2016年度は西武ライオンズの失策数の合計が101だったのに対し、就任後の2017年度は88、2018年度は87と大幅に失策数を減らすことができております!

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小野和義投手コーチの経歴や実績(背番号88)

※小野和義コーチの退任が発表されました。新コーチについては発表があり次第追記します。

名前: 小野 和義(おの かずよし)
生年月日:1965年11月13日 年齢53歳(※2019年10月時点)
出身:栃木県宇都宮市
身長: 188 cm
体重: 95 kg
出身校:創価高等学校
選手時代の所属チーム:近鉄バファローズ (1984 – 1993),西武ライオンズ (1994 – 1997),中日ドラゴンズ (1997)
プロ野球通算成績
活動:14年
防御率:4.03
勝ち数:82勝
負け数:78敗
完投、完封:64、13
タイトル・記録
月間MVP:1回 (投手部門:1989年7月)
カムバック賞 (1991年)
オールスターゲーム出場:4回 (1986年 – 1989年)※1991年も選出されるも出場辞退

小野和義投手コーチは、創価高校時代、大型左腕投手として江夏二世の声があがるほどの注目選手で、1983年度ドラフト会議にて3球団競合の末に近鉄バファローズから1巡目指名を受けて入団しました。

入団3年目の1986年には前半戦だけで12勝を挙げ、同年のオールスターに出場していますし、以降は近鉄の先発投手陣の軸として活躍しております。

1990年に故障のためにわずか3勝に終わりますが、1991年に12勝を挙げてカムバック賞を受賞するなど、計5回のオールスターゲーム選出からも分かるようにファン人気の高い選手でした!

手のどころが見づらい、スリークォーターの投球フォームが特徴的です。

西口文也投手コーチの経歴や実績(背番号74)

名前:西口 文也(にしぐち ふみや)
生年月日:1972年9月26日 47歳(※2019年10月時点)
出身:和歌山県和歌山市
身長:182 cm
体重:75 kg
出身校:和歌山県立和歌山商業高等学校-立正大学
選手時代の所属チーム:埼玉西武ライオンズ (1995 – 2015)
通算成績
活動:21年
防御率:3.73
勝ち数:182勝
負け数:118敗
完投、完封:54、17
タイトル・記録
最多勝:2回 (1997年、1998年)
最多奪三振:2回 (1997年、1998年)
最高勝率:1回 (1997年)
MVP:1回 (1997年)
ベストナイン:2回 (1997年、1998年)
ゴールデングラブ賞:3回 (1997年、1998年、2002年)
沢村賞:1回 (1997年)
IBMプレイヤー・オブ・ザ・イヤー賞:1回 (1997年)
最優秀バッテリー賞:3回 (1996年 – 1998年、いずれも捕手は伊東勤)※3回は投手の最多記録。同一バッテリーでは史上最多・史上最長の3年連続受賞
月間MVP:5回 (1996年5月、1998年8月、2002年8月、2005年7月、2007年4月)
「ジョージア魂」賞:1回 (2011年度第10回)
パ・リーグ連盟特別表彰:1回 (功労賞:2015年)

西口文也投手コーチは西武一筋21年、エースとして活躍し、通算182勝、沢村賞獲得など、ファンに愛された大エースで、150km/hを超えるストレートと、キレの良いスライダーが代名詞でした。

そして、西口文也投手コーチの現役時代で、ファンの記憶に最も印象的に残っているのは、「完全試合またはノーヒットノーラン達成まであと一歩」のところで安打を打たれて完封・完投どまりになった事が3度あるということです。

1度目は、2002年8月26日、対千葉ロッテマリーンズ戦(西武ドーム)で9回2死までノーヒットノーランでしたが、小坂誠選手に中前打されて記録を逃しています。

2度目は2005年5月13日、対読売ジャイアンツ戦(インボイスSEIBUドーム)で、こちらも9回2死までノーヒットノーランでしたが、清水隆行にスライダーを右翼席に本塁打されて快挙を逃してしまいました

そして、3度目、これが一番衝撃だったのですが、2005年8月27日、対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(インボイスSEIBUドーム)で、西口文也投手コーチは9回終了まで完全に抑え、完全試合を達成しておりました

しかしこの試合、味方打線も完全に沈黙し、0-0のまま試合は延長に突入。

すると延長10回表、沖原佳典選手に安打を打たれて快挙を逃してしまいました

このような形で延長戦で完全試合を逃したのは史上初、ノーヒットノーランでは9人目となりました。※この試合は、完全試合の参考記録とされています。

このような不運も相まって、ファンの記憶に残る大エースなのが、西口文也投手コーチになります。

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秋元宏作バッテリーコーチの経歴や実績(背番号84)

 

・名前:秋元 宏作(あきもと こうさく)
・生年月日:1968年1月29日 年齢51歳(※2019年10月時点)
・出身: 東京都文京区
・身長: 181 cm
・体重: 84kg
・出身校:国学院大学久我山高等学校-日本大学(中退)
・選手時代の所属チーム:西武ライオンズ (1987 – 1989),横浜ベイスターズ (1990 – 2000)
プロ野球通算成績
ポジション:捕手
活動:11年
通算打率:.215
本塁打数:16本
打点:108
盗塁:9
タイトル・記録
特になし

秋元宏作バッテリーコーチは11年間で573試合と出場試合数が少なく、シーズン通してマスクをかぶり続けたことはありません。

特に最初入団した西武ライオンズでは、伊東勤選手が球界を代表する捕手として、正捕手の座を守り続けていたこともあり、1軍での試合出場はありません

移籍した横浜ベイスターズでは徐々に試合に出れるようになり、1995年には捕手としてチーム最多の101試合に出場しました。

しかし、翌1996年に監督が交代すると、こちらも球界を代表する捕手となる谷繁元信選手が正捕手に固定されて出場機会が減少し、2000年限りで現役を引退することとなりました。

引退後は、横浜ベイスターズ で10年間(2001 – 2010)、埼玉西武ライオンズ で現在8年目(2011 – )とコーチとしての経歴は抜群ですので、来年度の活躍が期待されます!

阿部真宏打撃コーチの経歴や実績(背番号76)

・名前:阿部 真宏(あべ まさひろ)
・生年月日:1978年5月12日 年齢41歳(※2019年10月時点)
・出身: 神奈川県川崎市高津区
・身長: 181 cm
・体重: 83kg
・出身校:横浜高等学校-法政大学
・選手時代の所属チーム:大阪近鉄バファローズ (2001 – 2004),オリックス・バファローズ (2005 – 2009),埼玉西武ライオンズ (2010 – 2012)
プロ野球通算成績
ポジション:内野手
活動:12年
通算打率:.248
本塁打数:26本
打点:250
盗塁:23
タイトル・記録
オールスターゲーム出場:1回 (2003年)

阿部真宏打撃コーチは、最初に入団した近鉄バファローズでは、安定した守備には定評がありましたが、打撃に難があり、初年度は44試合出場で、打率.194でした。

翌年はレギュラーとして125試合に出場しますが、打率.210とかなり厳しい成績です。

しかし、3年目の2003年に打撃面で大きく成長し、111試合出場で打率.291と大活躍でオールスターにも出場しました

この時の打撃成績飛躍の経験が現在の打撃コーチとしての活躍の基礎になっているのかもしれませんね。

2012年に現役を引退し、翌年の2013年からは、地域事業担当としてライオンズアカデミーのコーチとして子供たちに野球を教え、2015年から現職の1軍打撃コーチに就任しております。

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赤田将吾打撃コーチの経歴や実績(背番号86)

・名前:赤田 将吾(あかだ しょうご)
・生年月日:1980年9月1日 年齢39歳(※2019年10月時点)
・出身:鹿児島県曽於郡大崎町
・身長:179cm
・体重:87kg
・出身校:日南学園高等学校
・選手時代の所属チーム:埼玉西武ライオンズ (1999 – 2009),オリックス・バファローズ (2010 – 2012),北海道日本ハムファイターズ (2013 – 2014)
プロ野球通算成績
ポジション:外野手、二塁手
活動:16年
通算打率:.255
本塁打数:30本
打点:211
盗塁:75
タイトル・記録
JA全農Go・Go賞:1回 (好走塁賞:2003年4月)
左右打席本塁打:2010年5月18日

赤田将吾打撃コーチは1998年のドラフト2位で埼玉西武ライオンズに入団しますが、その時のドラフトの目玉は松坂大輔選手で、いわゆる松坂世代の選手でした。

2007年には松坂大輔選手がポスティング制度を使って、ボストン・レッドソックスに移籍した為、代わって選手会長に就任しております。

大エースが抜ける穴を精神的に埋めることが期待されましたが、開幕直前の3月15日に右太ももを痛め、一軍に登録されたのはシーズン終盤の9月5日となってしまい、打率は.162とシーズンのレギュラー再獲得はできないばかりか、その後引退までレギュラーを獲得することはできませんでした。

しかし端正な顔立ちや明るい性格からファン人気は高く、TBSの人気番組スポーツマンNo.1決定戦には2000年の第6回に19歳で初出場しております。

その後も2005年(第11回)、2006年(第12回)、2007年(第13回)、2008年(第14回)と5回出場し、最高成績は第11回大会の総合2位となり、お茶の間の人気者となりました。

黒田哲史守備・走塁コーチ(内野)の経歴や実績(背番号87)

・名前:黒田 哲史(くろだ さとし)
・生年月日:1975年1月11日 年齢44歳(※2019年10月時点)
・出身:兵庫県神戸市北区
・身長:179cm
・体重:87kg
・出身校:神戸村野工業高等学校
・選手時代の所属チーム:西武ライオンズ (1993 – 2001),読売ジャイアンツ (2002 – 2006),西武ライオンズ (2007)
プロ野球通算成績
ポジション:内野手
活動:10年
通算打率:.195
本塁打数:6本
打点:24
盗塁:8
タイトル・記録
特になし

黒田哲史コーチで一番有名なことは、元妻がタレントの新山千春さんということでしょう。(2014年12月に離婚されています)

信仰当時、新山千春さんが様々なテレビ番組で、黒田哲史コーチの男らしいエピソードを話していましたので、記憶にある方も多いのではないでしょうか?

選手としては、最初入団した西武ライオンズで、大型内野手として期待されましたが、田辺徳雄選手や松井稼頭央選手などの存在で出場機会に恵まれずに守備要員暮らしが続き、ほとんど打席に立つことができませんでした。

しかし強肩と堅実な守備は評価が高く、巨人に移籍し当時の堀内恒夫監督時代のスーパーサブとして活躍しました。

2007年には再び埼玉西武ライオンズに復帰しますが、出場機会は一度もなく、そのまま退団しております。

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佐藤友亮守備・走塁コーチ(外野)の経歴や実績(背番号70)

・名前:佐藤 友亮(さとう ともあき)
・生年月日:1978年6月13日 年齢41歳(※2019年10月時点)
・出身:神奈川県藤沢市
・身長:178cm
・体重:85kg
・出身校:慶應義塾高等学校-慶應義塾大学
・選手時代の所属チーム:埼玉西武ライオンズ (2001 – 2012)
プロ野球通算成績
ポジション:外野手、二塁手
活動:12年
通算打率:.255
本塁打数:9本
打点:123
盗塁:52
タイトル・記録
アジアシリーズMVP:1回(2008年)

佐藤友亮コーチは学生時代は投手や外野手を務めましたが、プロ入り初年度に二塁手で一軍初出場を果たしております。

その後は外野手を務めることになりますが、本職以外のポジションでも安定した守備を見せ、センスの高さが印象的な選手でした。

守備の安定感とは反対に、プロ入り当初は打撃は安定しませんでしたが3年目から急上昇で、2003年は85試合出場で打率.288の好成績を獲得。

2004年には6月上旬から1番・右翼手のレギュラーを獲得し、初の2桁盗塁、出塁率.362、その上、パシフィック・リーグ全チームから打率で.300以上を打つなどの結果を残し、松井稼頭選手央移籍後の1番の打順を獲得しました

その年の中日ドラゴンズとの日本シリーズではチームトップの打率.394をマークする活躍を見せ、チームの12年振りの日本シリーズ優勝に貢献しております。

2008年にはアジアシリーズでMVPを獲得し、大舞台への強さも見せました!

というわけで、2020年の埼玉西武ライオンズの監督やコーチの経歴や実績をまとめました!

2019年はリーグ連覇を果たしながら、クライマックスシリーズでソフトバンクニ敗れ、日本シリーズに出場できなかった埼玉西武ライオンズ。

来年こそは日本シリーズ進出を果たし、強すぎたかつての西武を取り戻すことできるか楽しみです!

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最後までお読みいただきありがとうございました!