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エリックヒンスキー(エンゼルス打撃コーチ)の経歴は?大谷選手を指導!

メジャー

大谷選手のエンゼルスでの活躍を支えるコーチ陣が気になる!ということで、今回はエンゼルスの打撃コーチを務めるエリックヒンスキーコーチについて調べてみました。

松井選手や松坂選手との競演経験や、背中全面に掘られたインパクト抜群の刺青など、面白い情報がたくさん見つかりましたので、確認してみてください!

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エリックヒンスキーのプロフィール

名前:Eric Scott Hinske (エリック・スコット・ヒンスキー)

出身:ウィスコンシン州メナシャ

生年月日:1977年8月5日(40歳 ※2018年5月時点)

身長・体重:188cm・106.6kg

投球・打席:右投左打

ポジション:外野手、一塁手、三塁手

メジャー通算成績:打率.249、ホームラン:137本、打点:522打点(12シーズン)

学歴:アーカンソー大学卒業

エリックヒンスキーコーチは、高校時代に当時の打撃記録をいくつも破るなど大活躍しましたが、高校卒業後はメジャー入りせず大学進学をしました

実は当時、エリックヒンスキーコーチは野球選手だけでなく、アメフトのランニングバックとしても活躍しており、野球一本に絞って活動していた訳ではなかったそうです!

大学では野球活動に専念し、卒業後メジャー入りするのですが、プロ入りするような選手が高校時代まで競技を掛け持ちするなんで、アメリカならではで、日本では考えられないですね

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エリックヒンスキーの現役時代の成績は

16年間の現役生活で9球団を渡り歩いた苦労人!

大学卒業後の1998年に、エリックヒンスキーコーチはMLBドラフト17巡目(全体496位)でシカゴ・カブスから指名されました。

しかし、すぐに活躍することはできず、マイナーリーグでの生活が続き、4年目にはアスレチックスに移籍。

更にそこでも活躍できず、ブルージェイズに移籍し、5年目にようやくメジャーデビューを果たしました。

そしてデビューした2002年はアメリカンリーグの新人王になるなど大活躍

そのまま4年間はブルージェイズで、レギュラー選手として安定した活躍を続けるのですが、ライバル選手が入団したことで控えに回り出場回数が激減、2006年の途中にレッドソックスに移籍することになりました。

その後も、球団事情などにより頻繁に移籍することとなった、エリックヒンスキーコーチは、①ブルージェイズ(2002~2006途中)、②レッドソックス(2006途中~2007)、③レイズ(2008)、④パイレーツ(2009~2009途中)、⑤ヤンキース(2009途中~2009)、⑥ブレーブス(2010~2012)⑦ダイヤモンドバックス(2013)と、マイナーリーグでの2球団も合わせると、16年間の現役生活で、9球団も渡り歩いた苦労人となります。

メジャーでは日本のプロ野球に比べ移籍が多いといいますが、その中でも16年間で、9球団渡り歩いたエリックヒンスキーコーチは移籍数が多く、苦労人と言えるでしょう。

ただ、強豪チームから必要とされたとも言え、2007年のレッドソックスと、2009年に所属したヤンキースではワールドシリーズを制覇しています!

ヤンキース時代には松井選手、レッドソックス時代には松坂選手、岡島選手との競演も!

ワールドシリーズを制覇した、2007年のレッドソックス、2009年のヤンキースですが、どちらのチームにも日本人のスター選手が所属していました。

それは、レッドソックスでは、松坂選手と岡島選手、ヤンキースでは松井選手になります。

松坂選手と岡島選手は投手ですので、あまり関りはなかったかもしれませんが、ヤンキースの中心選手だった松井選手のことはよくみていたようで、大谷選手のフォームについて聞かれたインタビューの中で、「松井選手とスタンスが似ている。手の置き方、下半身の使い方がよく似ている」と答えています。

最近は日本人選手が増えていますが、それでも少数派には変わりないので、日本人選手と競演経験のあるエリックヒンスキーコーチがコーチとしていることは、大谷選手の助けになってくれることでしょう!

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エリックヒンスキーのコーチでの評判は?

コーチでもワールドシリーズ制覇を経験

2013年に引退したエリックヒンスキーコーチは2013年12月3日にカブスの一塁コーチに就任しました。

カブスはもともとエリックヒンスキーコーチをドラフトで獲得した球団ですが、カブスでのメジャー出場は無し。

しかも、10年以上前に在籍していた球団ですので、そんなチームからコーチ就任の声がかかるということは、選手時代からチームメイトの関係など、周りに良い影響を与えていると評価されていたのではないでしょうか?

翌年の2014年オフには、古巣のヤンキースから打撃コーチのオファーがあったが拒否しています。

そして、カブスの打撃コーチ補佐だったマイク・ブラムリーが契約更新をしなかったため、打撃コーチ補佐へ異動しました。

そのまま打撃コーチ補佐として、2016年にカブスのワールドシリーズ制覇に貢献しました。

そして、2018年シーズンからはロサンゼルス・エンゼルスの打撃コーチを務めることになり、大谷選手と同じく、2018年からエンゼルスデビューとなりました。

エンゼルスのマイクソーシア監督や、チャールズナギー投手コーチなど要所を務めるコーチが現役時代に同じ球団で長く活躍した選手だったので、数多くの球団を渡り歩いたエリックヒンスキーコーチの経験も獲得の一員となったようです。

大谷選手に打撃フォーム変更をアドバイス

気になる大谷選手との相性ですが、早くもコーチのアドバイスが有効に働いたことがあるようです。

大谷選手はオープン戦11試合で打率・125(32打数4安打)とメジャーの選手に対応できないことが不安視されましたが、開幕後は3戦連発のホームランを放つなど大活躍。

その活躍の裏には、「体の上下動を少なくするために右足を上げる幅を小さくしてみてはどうか」と打撃フォーム変更を提案したエリックヒンスキーコーチのアドバイスがあったようです。

「手元で動く球を確率よくとらえるには、頭の上下動を少なくすることが必要。彼のパワーなら大きなステップがなくても飛距離は出るからね」と、メディアのインタビューに答えていますが、冷静に大谷選手の弱点を見抜き、的確なアドバイスで修正させてくれたエリックヒンスキーコーチ。

もちろんすぐに修正できる大谷選手も凄いのですが、今のところエリックヒンスキーコーチと大谷選手の愛称は良いといっていいでしょう

エリックヒンスキーコーチは刺青が物凄い

エリックヒンスキーコーチについて調べていて発見したのが、背中全面に書かれた大きな刺青。

ヤンキースからブレーブスに移籍した2010年にエリックヒンスキーコーチは、オフに5000ドル(約45万円)をかけて、 背中と上腕部を覆い尽くす刺青を彫ったそうです。

その画像がこちらです!

物凄いですね!!

絵柄は完全に和風で、大蛇と格闘する武士が描かれています。

ヤンキースから移籍した年に和柄の刺青を掘っていますので、もしかしたら松井選手をリスペクトして、和柄の刺青したなんてこともあるかもしれませんね

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まとめ

日本人選手との競演経験もあり、メジャーで数多くの球団を渡り歩き経験も抜群のエリックヒンスキーコーチ!

大谷選手との関係も有効なようなので、これからもしっかりと大谷選手を支えていってほしいですね!

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

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